大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1285号 判決 1981年4月16日

控訴人

斉藤伝兵衛

右訴訟代理人

下光軍二

外四名

被控訴人

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

林勝美

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和三七年一月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において「本件は、被控訴人の公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うについて過失によつて違法に控訴人に損害を加えた場合にあたるから、国家賠償法一条によつて被控訴人は控訴人に対し損害賠償の責任がある。」と述べ、<以下、事実省略>

理由

当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと判断するものであつて、その理由は、左に付加、訂正するほか、原判決の説示理由と同一であるから、ここにこれを引用する。

一原判決二〇枚目裏二行目の「。(右事実は当事者間に争いがない。)」を「(昭和二七年一〇月ころ控訴人が鈴木名義で建築許可申請書を提出しようとしたこと、本件土地上の建築が第一指定の故に認められなかつたことは当事者間に争いがない。)。」と訂正する。

二同二一枚目表一〇行目の「五月二三日、」を「五月中、鈴木雄吉名義で」と訂正する。

三同二二枚目表六行目の「説明した。」の次に、行を改めて、「昭和三二年六月中、第四区画整理事務所長は、控訴人が鈴木名義でした本件土地の借地権申告に関し、『昭和二六年一一月九日高裁判決後又は口頭弁論終結後から現在に至るまでに、土地所有者より借地権解消又は異議の申立の受領の有無』を回答されたい旨の鈴木宛て照会書を職員をして控訴人方に持参させてきたので、控訴人から実情を上申し、諒承を得た。」を付加する。

四同二三枚目表一〇行目の「第四項」を「第一項」と訂正する。

五同二三枚目裏一一行目の「証拠はない。」の次に、「右借地権は控訴人が鈴木から譲渡を受けたものであるところ、右借地権の譲渡について当時の土地所有者柳下金一の承諾を得たことあるいは承諾なしにされた右借地権の譲渡が賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情が存在したことについてはなんら主張立証がないから、控訴人は柳下並びにその後本件土地の所有権を取得した者に対し、借地権を対抗することができないものであつたことはいうまでもない。そして、借地権の財産権的ないし経済的な価値が土地所有権に由来し、かつ、それに依存するものである以上、右のように土地所有者に対抗することができない借地権を第三者による不法行為の被侵害権利として肯認するについて疑義の存することは否めないが、翻つて考えるのに、土地所有者に対抗することができない借地権といえども、その取得ないし存続について権利者において各種の資本ないし費用を投下し、これによつて生じた一定の経済的利益が権利者に帰属しているのが通常であり、右利益を化体する当該賃借権は第三者の侵害行為の態容と相関的に考察して不法行為法による保護の対象となりうる場合があると解するのが相当であり、右侵害行為の態容の判断に当つては、不法行為者とされる第三者が従前当該賃借権を権利者として遇した事情の有無なども当然に顧慮されてしかるべきである。叙上のような見地に立つて、次段において、都知事の行為の適否について判断する。」を付加する。

六同二五枚目表八行目の「右決定された区域については、」を「すなわち、計画街路については、」と訂正し、同二五枚目裏三行目の「告示がなされた。」の次に、「そして、前記街路は本件土地区画整理事業によつて整備されるものとされていた。」を付加する。

七同二五枚目裏六行目の「放射線八号」を「もとの府道第五号(幅員一八メートル)」と訂正し、同二五枚目裏九行目から一〇行目の「北西へ」の次に「西巣鴨」を加入し、同二六枚目表二行目の「道路」を「もとの府道第五号」と、同二六枚目表九行目の「当時の」を「もとの」とそれぞれ訂正する。

八同三一枚目裏一行目の「言うことはできない。」の次に、行を改めて、「控訴人は被控訴人の公権力の行使に当る公務員の過失をいうが、本件道路指定とその廃止に特段の違法のないこと以上説示のとおりであるから、右主張については判断を加えるべき限りでない。」を付加する。

九同三一枚目裏七行目から同三四枚目表二行目までを、「そこで判断するのに、憲法は、『財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。』とし(同法二九条二項)、『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、(中略)これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。』と規定しており(同法一二条)、これらの規定によれば、財産権の一般的内容は公共の福祉に適合するように法律によつて制約されるべきものであり、また、そのようにして一定の内容を付与された財産権も、公共の福祉に適合するようにこれを行使すべきであり、したがつて、権利の行使によつて発生すべき結果が公共の福祉に適合しない場合には、その結果の発生を防止するため法律でその財産権の行使を制限することができるものというべきである。そして、右のような法律上の制限により財産権の主体が被る犠性ないし不利益の実質が当該主体において社会の構成員としての社会的責任を果すうえで当然受忍すべきものと認められる程度のものであれば、右犠性に対し補償をすることは必要でないが、右犠性が右の程度を越えるものと認められるときは、これについて補償をすべきものであり、憲法二九条三項が『私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。』と規定したのも、叙上の趣意を含むものと解するのが相当である。

これを本件についてみるのに、本件第一指定がなされた当時施行されていた建築基準法は、道路法又は都市計画法による新設又は変更の事業計画のある道路で、二年以内にその事業が執行される予定のものとして特定行政庁が指定したもののうち、幅員四メートル以上のものを同法第三章及び第五章の規定における道路として定義し(同法四二条一項四号)たうえで、建築物又は敷地を造成するための擁壁は、道路内に、又は道路に突き出して建築し、又は築造してはならない(同法四四条一項本文)と規定している。このように都市計画法に基づいてなされる道路指定は、公共の用に供せらるべき当該土地について、将来その実現を容易ならしめるため、所有者その他の権利者に対し、前記のとおり一時的に該土地の利用方法に制限を加える効果を伴うので、これにより土地所有者その他の権利者に対し暫定的にではあれ不利益を与えるものであることは否定できない。しかしながら、本件のごとく都市計画街路の整備が土地区画整理事業によつてなされる場合においては、右事業が都市計画区域内の土地について、健全な市街地造成のために、宅地の利用増進、さらには道路等の公共施設の整備、改善を図ることを目的として行なわれるものであり(都市計画法((大正八年法律三八号))一条、一二条、特別都市計画法((昭和二一年法律一九号))一条、土地区画整理法((昭和二九年法律一一九号))一条、二条参照)、原則として整理前の宅地に存した権利関係に変動を加えることなく、整理前の位置、地積、土質、水利、利用状況、環境等に照応するよう、これを整理後の宅地に移動せしめる方法により行なう(前記都市計画法一二条、耕地整理法((明治四二年法律三〇号))三〇条、土地区画整理法八九条参照)のであるから、整理事業は、その事業区域内の宅地の所有者その他の権利者に利益をもたらすものであるということができること及び道路指定が、前述のとおり土地区画整理事業の完遂を容易ならしめるため暫定的に加える土地利用の制約であることに鑑みると、右道路指定によつて土地所有者その他の権利者が被ることのあるべき不利益は、当然右権利者らにおいて受忍すべき性質のものというべきである。したがつて、仮に、控訴人において本件土地に被控訴人に対抗し得べき賃借権を有し、しかも同地上に、道路指定がなかつたならばその主張のような建物を建築し得たとしても、現に控訴人が、昭和三五年七月八日、その妻房子の名において本件土地の借地権の実質的代替物として調停によりその所有権を取得した本件土地の北半分にあたる12.66坪(西巣鴨二丁目一八八四番地三)について、仮換地の指定を受け(このことは前認定のとおりである。)、その後換地も確定して事業計画が終了している(このことは、弁論の全趣旨により認めることができる。)という本件の事実関係のもとにおいては、控訴人が本件道路指定により不利益を被つたとしても、それは事業区域内の土地に対する権利者として、事業遂行にあたり当然受忍すべき性質の負担というべきである。一と訂正する。

一〇当審証人小西一郎の証言は、以上の認定の妨げとなるものではない。

よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)

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